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東京地方裁判所 昭和57年(タ)480号 判決

原告 甲野春子

右法定代理人親権者母 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 元木祐司

被告 乙太郎(西暦一九二〇年一〇月二〇日生)

右訴訟代理人弁護士 舘孫蔵

同 泥谷伸彦

主文

1  原告が被告の子であることを認知する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の母甲野花子(以下、単に花子という。)は、昭和一七年一一月四日中国山西省大同県で出生し、昭和二〇年家族と共に日本に引揚げてきたものである。

2  花子の家族は、昭和二八年知人から被告を紹介され、花子の両親は被告の経営するA株式会社(新宿において「B飯店」の名称で中国料理店等の経営を行っている。)に就職し、花子は小学校五年生の春から被告宅へお手伝いとして預けられて中学校を卒業し、中学校を卒業した後も引続き同人方でお手伝いとして働いていた。

3  花子は、一八歳の時、被告から肉体関係を迫られ、何度も断わったものの、被告から家族がどうなってもいいのかなどと言われるに及んで、拒みきれず、同人と肉体関係を結ぶに至った。

4  被告は、花子と肉体関係を結ぶようになった後、同人のためにアパートを借りて住まわせ、同人に月々生活費を渡してきたもので、この間花子も何度かかる関係を清算せんとしたが、家族が被告経営の会社に勤務し、それによって生活していたことから、被告との右関係を清算できずにいるうちに、昭和四一年三月一一日長女である原告、同四六年一一月三〇日二女である訴外甲野夏子がそれぞれ出生した。

5  その後、被告は、昭和四八年に、花子と原告及び右二女のために、土地・建物を花子の父名義で購入し、花子に贈与した。

6  花子は、原告らが出生した時からそれぞれ認知することを被告に求めてきたが、被告は、原告らとの親子関係が世間に知れることをおそれて認知には応じなかった。

7  被告は、昭和五五年の春頃二、三か月分の生活費を花子に渡したのみで、同年月末に原告ら方に来たのを最後に以後来なくなってしまった。

8  その後、昭和五六年一二月に、原告ら親子は明日の生活にも困る状態に追い込まれたため、同月二二日花子は被告方へ電話をし、生活の窮状を訴えたことから原告ら親子と被告との関係が被告家族に知れた。

9  それでも、被告の妻は、花子に二〇万円を交付し、その後は被告のおじに当る訴外松夫から昭和五七年一月一三日、二月一五日、三月二〇日に各二〇万円ずつの金員の交付を受けた。

10  以上のとおり、原告は、被告の子であることは明らかであるから、被告に対し、原告が被告の子であることの認知を求める。

11  日本国法例一八条は「子の認知の要件はその父又は母に関しては認知当時の父又は母の属する国の法律によりこれを定め、その子に関しては認知当時の子の属する国の法律によりこれを定む」と規定して認知当事者の本国法主義を採用している。

そして、原告は、日本国籍を有するから、認知請求の実質的要件は日本民法によるべきところ、同法七八七条によれば原告に認知請求権が認められる。

また、被告については、中華民国民法によるべきところ、同法一〇六七条には強制認知の制度が認められているとともに、同法一〇六五条は「婚生でない子であって、その生父が認知したものは、これを婚生の子と看做す。生父が養育したときはこれを認知したものと看做す。」と規定している。

そして、本件においても、被告は原告出生時から継続して原告の母に原告の養育のための費用も含めて生活費を渡し、かつ原告ら母・子が居住するための土地・建物も実質上与えるなどしていたものであり、右はまさに中華民国民法一〇六五条が規定する生父が婚生でない子を「養育した」ときに該当する。

以上のとおりであるから、本件における原告の認知請求権は当然認められるべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は知らない。

2  同2項中花子が被告方へ預けられたのは小学校六年生頃であり、女中となったのは中学校卒業後である。その余の事実は認める。

なお、花子の父はA株式会社経営のベニア工場、B飯店、ゴルフ練習場で順次その夜警、雑役夫として働き、またその後に花子の母及び姉が同社経営の喫茶店に、同人の弟が右B飯店にコックとしてそれぞれ勤めたことがある。

3  同3項中被告と花子との間に原告主張の頃に肉体関係ができたことは認め、その余の事実は否認する。

4  同4項中、花子が被告との関係を清算せんとしたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

5  同5項中、被告が昭和四八年二月に土地建物を買って花子の父名義で所有権取得登記したことは認める。それは被告の花子及びその家族に対する配慮からしたものである。

6  同6項の事実は否認する。花子から認知を求められたことはなかった。

7  同7項中、被告が昭和五五年八月末に花子方を訪れたことは否認し、その余の事実は認める。

8  同8項中、原告主張の頃花子から被告宅に電話があり、その際同人が同人と被告との関係について言い出したことは認めるが、その余の事実は知らない。

9  同9項の事実は認める。

10  同10項は争う。

(被告の主張)

1 わが法例上、認知の実質的成立要件については、各当事者につきそれぞれその本国法が適用せられるべきものであるところ、被告の本国法たる中華民国民法一〇六七条によれば、父に対する認知請求権は子の出生後五年間行使しない時は消滅するものとされている。

しかるに、本件では、原告出生後五年以上経過しているものであるから、原告の認知請求権は消滅している。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告の母花子は、昭和一七年一一月四日中国山西省大同県で日本人の父と中国人の母との間に出生し、昭和二〇年に家族とともに日本に引揚げてきた。

その後、花子の家族は、昭和二八年に知人から新宿で「B飯店」の名称で中国料理店等を経営するA株式会社の代表取締役をしていた被告(中国籍を有する。)を紹介され、花子は小学校五年生の春から被告宅へ預けられ、中学校を卒業した後も同人宅で女中として働いた。

また花子の父は右会社の経営するベニア工場、飲食店、ゴルフ練習場等で夜警や雑役夫として働き、その後には花子の母と姉が同社経営の喫茶店に、同人の弟がB飯店のコックとして働くようになった。

2  その後、花子が一八歳の頃、同人は、被告に求められて被告と肉体関係を結ぶようになったが、被告は、花子と肉体関係を結ぶようになってからは、同人を渋谷区笹塚のアパート、後には中野区南台のアパートにそれぞれ住まわせ、生活費を月々渡しながら右各アパートで同人と関係を続けた。

3  そのような関係を続けているうちに、花子は懐妊し、昭和四一年三月一一日に原告を東長崎のC産婦人科病院で、訴外甲野夏子を同四六年一一月三〇日新宿のD産婦人科でそれぞれ出産した。

4  被告は、原告や右甲野夏子が出生した後も花子方を訪れて同人と関係を続け、昭和五五年頃までは毎月花子ら母子の生活費を渡していた。

また、被告は、昭和四八年に花子と原告らのために、東京都中野区《番地省略》に花子の父名義で土地・建物を購入し、原告ら母子を住まわせた。

5  花子は、被告以外の男性と性的関係を持ったことはなく、また、被告と性的関係を持つようになってから、昭和五五年頃までは働いたことがなく、被告から渡される生活費で生活してきた。

6  また、血液鑑定の結果によれば、被告が原告の父親である可能性は九九・八パーセント以上と極めて高いことが認められる。

以上の諸事実が認められ、右諸事実からすれば、原告は、花子が被告と肉体関係を結んだことにより懐胎し、分娩したものと推認するのが相当である。

二  次に、本件認知の準拠法について検討するに、法例一八条によれば認知の要件については父子それぞれにつき各自の本国法によって定めるべきことになる。

まず、被告の本国法について検討するに、《証拠省略》によれば、被告は中国の台湾省桃園県に生れ、同省同県《番地省略》が国籍地における住所であることが認められるとともに、同地域は、我国は承認していないとはいえ中華民国の支配領域内であり、その領域内においては中華民国法が実効性を持って行なわれていることは公知の事実である。

ところで、国際私法の任務が渉外私法関係に適用されるべき最も密接な関係に立つ法を選択し、これを適用することによってその私法領域における法的秩序を維持することにあることからすれば、その法は承認された国家の法である必要はなく、法としての実効性を有すれば足りると解すべきであるところ、右事実関係からすれば、本件における「被告の属する国の法律」とは、中華民国民法であると解するのが相当である。

そして、中華民国民法一〇六七条には強制認知の制度が認められているとともに、同法一〇六五条には「婚生でない子であって、その生父が認知したものは、これを婚生の子と看做す。生父が養育したときは、これを認知したものと看做す。」と規定されているところ、前認定の諸事実からすれば、原告は被告の婚生でない子であり、被告は原告を養育したものというべきであるから、中華民国民法上は、すでに原告は被告によって認知されたものと看做され、認知の効力は生じているものといわなければならない。

これに対し、被告は、原告の本件認知請求は中華民国民法一〇六七条に規定されている、その出生から五年間という出訴期間の制限に反している旨主張するが、前認定のように、被告は原告の出生以来原告を養育し続けてきたものであり、その結果同法一〇六五条によって原告を認知したものと看做されたものであるから、このような場合には同法一〇六七条の出訴期間の制限はそもそも問題にならないことは、同法一〇六五条と一〇六七条の各規定の趣旨から明らかであるといわなければならず、被告の主張は失当であるからこれを採用しない。

なお、右のように解すると、原告は、右に述べたように、中華民国民法上はすでに認知の効力が生じているものであり、その意味では訴の利益がないようにも思料されるが、日本民法上は後述のように同法が養育認知の制度を認めていない関係で未だ被告の子であるとは認められていないものであることを勘案すると、なお、原告の本件認知請求は訴の利益を有するというべきであり、また、そのように解したとしても、中華民国民法の趣旨に合致しこそすれ、反するものではない。

次に、原告は、日本国籍を有するものであるから、原告に関する認知の要件は日本民法によるべきところ、同法は「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。」(同法七七九条)とし、相手が任意に認知をしない場合は、「子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は認知の訴が提起できる。」(同法七八七条)と規定しているが養育認知の制度は採用していない。

そして、原告が、被告の嫡出でない子であることは前認定のとおりである。

してみれば、原告の本件認知請求は、原告及び被告の各本国法いずれによっても許され、かつ、理由があるというべきである。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高田健一)

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